第4章 プロダクトマネジメント vs. デザイン
ユーザーエクスペリエンスデザインを理解する
製品開発に携わる多くの人は、会社がユーザーエクスペリエンスデザインに人を割いてくれないとか、そもそもその何たるかさえ理解できていない、と不満をこぼす。そして、そのせいで製品がひどいことになっている、と言う。また、ユーザーインターフェースエンジニアはやれることをせっせとやるだけで、デザインはその結果にすぎない、とも言う。場合によっては、プロダクトマネージャーが苦労して専門外のデザインに取り組んで、何やらそれらしいことをやっている。また、場合によっては、会社が、製品開発の最終局面でビジュアルデザインを外注し、品質保証の段階に入る直前にうわべを取り繕おうとしている。
会社は、ユーザーエクスペリエンスデザインを重視していいものにしようとはしているものの、その役割をきちんとは理解していないし、いいデザインがどうやって生み出されるかわかっていない、とこぼす人たちもいる。
これは、かなり深刻な問題であるのだが、多くの会社はその深刻さに気づいていない。
デザイン畑の人たちも、ユーザーエクスペリエンスデザインが製品にとっていかに大切かが認識されていないことについて、十分な対応をしていないように見える。確かに、デザイナー同士では (デザインの分野には、マーク・ハースト (Mark Hurst)、ヒュー・ダバリー (Hugh Dubberly)、 アラン・クーパー (Alan Cooper)など傑出した才能を持つ人たちがいる)、よく意思疎通ができていて問題意識も共有されているようだ。だが、こういった面々は、概して、釈迦に説法をするようなことにばかり時間を費やしていると思う。でも、ユーザーエクスペリエンスデザインの重要性をいちばんに伝えなければならない相手とは、デザイナーのいないチームなのだ。これをやるには、多くの製品開発チームのメンバー、特にプロダクトマネージャーに働きかけて、製品にとってデザイナーは必要かつ有益だ、と教えて理解してもらうことである。
この問題をこれほど気にかける理由は単純だ。いい製品にするには、優れたユーザーエクスペリエンスが必要なのである。そして、優れたユーザーエクスペリエンスを実現するには、プロダクトマネジメントとユーザーエクスペリエンスデザインがしっかりかみ合っていなければならないのである。
これは大きなテーマなので、まず、デザインにはどんなものがあるのかを確認しておこう。この章では、私が優れたユーザーエクスペリエンスを生み出すために必要と考えているデザイン面の役割について、詳しく説明する。私が強調しているのは、人ではなくて役割である、ということを頭に入れておいてほしい。というのは、デザイン面で複数の役割をうまくこなせる人を見つけるのは難しいことではないからだ。だが、いずれにせよ、ユーザーエクスペリエンスをいいものにしたければ、これから説明するような役割が必要になるのである。
インタラクションデザイン インタラクションデザイナーの役割は、対象となるユーザーを深く理解し、ユーザーにとって作業効率のいいタスクやナビゲーションやフローを考案することである。通常、インタラクションデザイナーは、製品要求をワイヤーフレームという設計図にマッピングし、これをビジュアルデザイナーに手渡す。
ビジュアルデザイン ビジュアルデザイナーの役割は、ワイヤーフレームに肉付けをして、実際のページやユーザーインタフェースの見た目と雰囲気 (正確なレイアウト、色、フォントなど) を創作することである。ここでもっと大事なのは、製品のビジュアルデザインというのは、ユーザーの感情に語りかけたりユーザーの感情を呼び起こしたりする、ということだ (これは、普通考えられているよりもはるかに重要である)。
ラピッドプロトタイピング これは、プロダクトマネージャーやデザイナーのアイデアを反映したプロトタイプ (試作品) を作っては実際のユーザーでテストする、という作業を繰り返すことである。
ユーザビリティテスト 製品のユーザビリティ (使い勝手) の検証を担当する人は、もっぱらユーザーの調査と分析をやる。製品やそのプロトタイプによって、ユーザーのやりたいことが容易に達成できるのかどうかを判定するのである。この仕事には、検証に参加してくれるユーザーとして適切な人々を集めること、検証作業を行うこと、検証結果を評価すること、そして代替案を提示することも含まれる。
こうしたデザイン担当者たちは、プロダクトマネージャーと緊密に協力して、ユーザーのニーズを叶えるために製品要求とデザインが折り合うところを見つけるのである。その目的は、使い勝手がよくて (使い方がわかりやすくて) 価値のある (実際に使いたくなるような) ソフトウェア製品となる着地点を見いだすことである。
さらに、デザインが進められているソフトウェアは、必ず製品として実現されるものでなければならない。そのためには、ソフトウェアアーキテクトに、進捗状況やプロトタイプをレビューしてもらうことが必要となる。これについては後で説明する。
大がかりな製品の場合、特に、一般消費者向けのインターネットサービスにおいては、製品開発チームの中に、デザインの 4つの役割それぞれについて、専任の担当者を置く必要がある。また、企業向けのサービスである場合は、ライバルに差をつけるいちばんの近道の 1つが、ユーザーエクスペリエンスをよくすることである。一般的に、多くの企業向けの製品では、ユーザーエクスペリエンスがかなりおろそかにされているからだ。
比較的単純な製品の場合は、デザインでの複数の役割を兼務させることも可能だ。たとえば、最近、私は Web 2.0 の分野で一般消費者向けにインターネットサービスを立ち上げる仕事を手伝ったのだが、このときの 3人のメンバーで結成されたチームはひどくすばらしかった。プロダクトマネージャー、インタラクションデザイナー (ユーザビリティ検証を兼務)、そしてビジュアルデザイナー (プロトタイピングを兼務) の3人である。このチームはたいそううまく機能し、ユーザーと一緒に検証作業するためにたくさんのプロトタイプを素早く作ったものだ。
もうひとつ頭に入れておいてほしいことがある。ユーザーエクスペリエンスをどうにかしなければならないと気づいている会社は多いのだが、彼らは、ユーザーエクスペリエンスを外部の制作会社に外注できると思ってしまっている。ある程度までなら、外注も可能だろう。でも、外注するのがよいかどうかは、役割によって変わってくることに注意しよう。たとえば、次の3つの理由から、インタラクションデザイナーの仕事は外注しない方がいい。
1. 複数のプロジェクトを進める中で、ユーザーや顧客について必要な理解をしっかりと作り上げるのは、時間がかかる。デザインを外注すると、ほとんどの場合、外注先の業者にはそういう時間はない。もしそれができたとしても、次のリリースの時には、そのユーザーや顧客に関する知識は引き継がれずに失われてしまう。
2. インタラクションデザイナーは、プロジェクトの開始から製品発表までの間ずっと、いつでも動きが取れる態勢でいて、プロジェクトに深く関与する必要がある。開発や検証の段階では細かい問題が何百も出てくるので、インタラクションデザイナーが常時待機していて、即座に適切な判断を下すことが重要だ。
3. 製品のユーザーエクスペリエンスは、会社にとって製品の核心部分以外の何物でもないので、外部に任せるわけにはいかない。何かを外注するとすれば、品質保証 (QA) あたりがいいだろう。
ビジュアルデザインについては、さまざまな要望に応じてくれる制作会社がたくさんあるので、外注も可能だ。特に、社内に有能なインタラクションデザイナーを抱えているのであれば、ビジュアルデザインは外注でよい。また、ユーザー調査やユーザビリティ検証も外注できる。ただ、コストは割高になるので、私は略式の検証で済ませる方を好む (第22章「プロトタイピング」を参照)。この場合は、プロダクトマネージャーとインタラクションデザイナーが協力して対応することが多い。
ラピッドプロトタイピングをやる人については、 社内のエンジニアリングチームから人を出してもらうのがよい。ただ、このとき、プロトタイピングは製品レベルのコーディングとはまったく別物であることと、実際の製品で再利用できるものを作るのではないということをきちんと理解させる必要がある。つまり、プロトタイプのコードはすべて使い捨て、と思うしかないのである。
ユーザーエクスペリエンスデザインの問題は、論点が多すぎてこの短い章ではカバーしきれないが、ここでの議論が今後の土台となればと思っている。現在、みなさんの製品開発チームのユーザーエクスペリエンスデザインでは、どの役割がきちんとカバーされていて、どの役割が見落とされているだろうか。