第2章:プロダクトマネジメントVS. プロダクトマーケティング
-このふたつは同じものではない
業界通によれば、10の製品が発売されると、そのうちの9つは製品としての目的を果たせずに失敗に終わる。あなたの会社はもっとうまくやっているのかもしれないが、それでも、多くの製品は問題を孕んだまま発売されているはずだ。価値がない製品や使いづらい製品のために、無駄なリリースが繰り返されている。
ダメな製品と言われるのには多くの理由がある。この本の各トピックでは、ダメな製品がどうやって生まれてくるかについて論じようとしている。ともかく、私の答えはこうだ。ダメな製品が無駄に世に送り出されるいちばんの原因は、ほとんどの場合、会社の中でプロダクトマネージャーの役割が明確にされていないことと、プロダクトマネージャーとなる人に対する教育が不十分なことにある。
これは、私が長年考えてきた問題である。これはものすごく重要な問題なのだが、というのも、このことが、まさにプロダクトマネージャーの仕事がどうあるべきか、という本質にかかわっているからだ。
前にも述べたとおり、プロダクトマネージャーの役割は、エンジニアリングチームが作りあげるべき製品を詳細に定義することである。これに対して、プロダクトマーケティングの役割は世界に対して製品を語ることである。このふたつはまったく違う仕事である。
最初にはっきりさせておきたいのだが、私が言いたいのは、あらゆる製品には責任を持たされたプロダクトマネージャー一人が必要で、各プロダクトマネージャーは、製品を定義する(すなわち、製品要求とユーザーエクスペリエンスデザインを組み合わせて、製品のプロフィールを示す)責任負っている、ということだ。残念なことに、私は、いろいろな会社と仕事をするたびに、次の三つの状況のどれかに出くわすことがほとんどである。
マーケティング主導の製品である:プロダクトマーケティングマネージャーとかプロダクトマネージャーという肩書きの人は置かれていて、市場の要請に応えるという任務を負っている。それはよいのだが、詳細な製品要求の決定や製品を「見つけ出す」過程でなされるはずの難しい判断の多くをすっ飛ばして、いきなり製品開発がエンジニアリングに回されてしまうという状況である。(しかも、よくあることなのだが、ユーザーエクスペリエンスデザインを無視してしまう。この点は、別のトピックで扱う。)
一つの役割に二人の担当者がいる:全社的な観点からビジネス判断をするプロダクトマーケティング担当者と、個別の製品についての判断をするプロダクトマネージャーとの間で、その製品を定義する役割がブ分割されてしまうという状況である。
一人で二つの役割を兼務している:プロダクトマーケティングマネージャーが、プロダクトマネージャーを兼務しなければならない状況である。(この人は、プロダクトマネージャー、プロダクトマーケティング担当などと呼ばれたりする。)
では、これら三つの状況とここから生じる問題点について述べていこう。
ケース1:マーケティング主導の製品である
この状況はよく目にする。プロダクトマーケティングマネージャーとかプロダクトマネージャーと呼ばれる人は、製品開発チームの他のメンバーからは、マーケティング担当要員ということで、データシートの作成、営業担当者の教育、商品名や価格の決定といったところであてにされている。でも、製品を定義することに関しては、ほとんど信頼されておらず、無視されている。この手のマネージャー像はディルバートの風刺画によく描かれており、おなじみの光景だ。
このタイプのマネージャーは、マーケティングは得意だが、価値のある、使いやすい、実現可能な製品を見つけ出し、製品として詳しく定義しようとなると、完全にお手上げである。この状況では、製品開発チームの誰か他の人、たとえば、リードエンジニア、インタラクションデザイナー、あるいはその上司がプロダクトマネージャー役を引き受け、本来のプロダクトマネジメントを担当することになる。この人に兼務できるだけの余力があって、プロダクトマネジメントの能力もあるなら、製品開発はうまくいくかもしれない。でも、たいていは、この製品は、開発がスタートする時点ですでに問題を抱えることとなる。
私が初めてプロダクトマネジメントに携わったのは、まさにこの状況だった。そのせいで、しょっぱなから、プロダクトマネジメントなんて勘弁してほしいと思うようになってしまった。ただ、幸いなことに、ある時プロダクトマネジメントとは何たるかを教えてくれる人に出会って、それ以来、私は、成果を挙げているプロダクトマネージャーに注目し、彼らに学びながらプロダクトマネジメントの役割を問い直しつつ、仕事をしてきた。
ケース2:一つの役割に二人の担当者がいる
これまたよくある状況なのだが、製品開発の最終責任を負う人がいないことがある。このケースでは、プロダクトマーケティング担当者(このケースでは、「ビジネスオーナー」や「ビジネスプロダクトマネージャー」と呼ばれることもある)のほうは、全社的な観点から製品要求を決定する責任を負っているのに対して、プロダクトマネージャー(アジャイルメソッドを用いるチームでは、「テクニカルプロダクトマネージャー」や「プロダクトオーナー」と呼ばれることもある)は、特定の製品について責任仕様を決定することになっている。
問題なのは、誰も製品開発の最終的な責任を負わされていないということであり、さらによろしくないことには、そうした責任を自覚して行動する人が誰もいないということだ。おまけに、この状況を生み出す背景には、ソフトウェア開発に関する誤った認識がある。全社的な観点からの製品要求の決定は、詳細な要件、とりわけユーザーエクスペリエンスなどとは切り離して行うことができる、という認識である。
こういう状況にある企業では、プロダクトマネージャーは、仕様書を作るぐらいのことしかやっていない。そんな仕事では、イノベーションの芽を摘みかねず、売れる製品を作るのはまず無理で、フラストレーションがたまるばかりである。
複数の事業部門を持つ大企業の多くは、このパターンに陥りがちで、なぜ、自分たちがみんなをワクワクさせるような製品を作れなくなってしまったのか悩んでいる。
ケース3:一人で二つの役割を兼務している
プロダクトマネージャーとプロダクトマーケティングの役割を一人に任せてしまう場合に問題となるは、両方ともうまくこなせる人を見つけるのが難しいということだ。いずれの任務も製品の成功に不可欠であり、それぞれ特別な手腕と才能を必要とする。製品を作り出すことと製品について世界中に語ることは大きく違う。私は、いずれの仕事においてもずば抜けているすさまじく優秀な人を何人か知っているが、普通は、こういう人はまずいない。だから、こういうモデルを前提にした社内組織だと、事業の規模を拡大することはできない。しかも、とことん単純な製品である場合以外は、プロダクトマネージャーの仕事は、何もかもをフルタイムで注ぎ込まなければならないような仕事であり、専任者でないと無理だ。もし、全社レベルでのプロダクトマーケティングを担当する人に特定の製品のプロダクトマネジメントを兼務させるとすれば、たとえ両方の役割に必要とされる手腕と才能を持っている人だとしても、両方をうまくこなせるほどの時間的余裕があるとは考えられない。
この問題がいちばんよく起こるのは、企業向けのソフトウェアを提供する会社である。そうした会社では、営業担当者を支援すること自体が重要な仕事になっていて、プロダクトマネージャーは、大口顧客からの要求を、そのまま営業担当者、プロダクトマネージャー、そしてエンジニアに伝えるだけになってしまいがちである。そして、案の定、価値のある、使い勝手のいい製品を生み出すことはほとんどない。
以上に述べた三つの組織モデルがうまくいかないのにはそれぞれ理由がある、と認識することが重要で、私はこれをよく理解している。しかし、これらの会社[は、自分たちで気がついている以上に多くの犠牲を払っている。彼らは製品の発売までのサイクル全体を台無しにして、人々が望んでいない製品ややたらと使いづらい製品を作り続けているのだから。
解決法
こうした状況を解決する方法は、社内におけるプロダクトマネージャーの役割とプロダクトマーケィングの役割を明確に区別して定義することだ。プロダクトマネージャーの役割は、作りたい製品を詳細に定義することと、実際のお客様やユーザーとともに製品を検証することである。プロダクトマーケティングの役割は、世界に向けて製品について語ることだ。この任務には、市場における製品の位置づけを明確にすること、製品に関する情報発信、価格設定、新製品の発売の管理、販売チャネルで製品を売り込むためのツールの提供、そして、オンラインマーケティングや市場関係者に対するマーケティングなどの主要なマーケティング活動を指揮することも含まれる。
私の個人的な興味はプロダクトマネジメントにあるが、だからといって、プロダクトマーケティングの役割は重要ではないと考えていると誤解しないでほしい。まったくその逆だ。私は。プロダクトマーケティングが重要だということや、すばらしいプロダクトマーケティングが大いに有益だということを学んできた。でも、それは、私がここで述べてきたプロダクトマネージャーの役割とはあまり関係ない。
一般的に、個別の製品のプロダクトマネージャーと全社レベルでのプロダクトマーケティング担当者は、個別の問題について、よくコミュニケーションをとって、折に触れて協力するものだが、主要な接点が二つある。一つは、プロダクトマーケティングの担当者は、プロダクトマネージャーが決めるべき製品要求にとって重要となる情報を提供できる、ということである。もう一つは、プロダクトマネージャーは、プロダクトマーケティング担当者が取り扱うマーケティングメッセージにとって重要となる情報を提供できる、ということである。
担当者の肩書きや社内の組織体系どうあれ、あらゆる優れた製品の陰には、責任を持ってその製品を定義した一人の人間がいるということを、私は断言する。
覚えておいてほしい。価値のある、使い勝手のいい、実現可能な製品として作られるべき何かをプロダクトマネージャーから与えられなければ、どんなにエンジニアリング部門が優秀でも意味はない、ということを。