第30章 大きい会社で賢く立ち回るには
10のテクニック
私がこれまで仕事を手伝ってきた会社には、かなり規模が大きいところもたくさんあって、こういう会社の数多くの製品開発のリーダーからよく尋ねられたものだ。「大きな会社で物事を動かすにはどうすればいいのか?」 私自身も、いくつか大きな会社に勤めたことがある。それは確かに楽ではないけれど、大きい会社の豊富な人材を活用するコツを心得ている人にとっては、製品開発ではかなりのメリットになると思う。
今勤めているのが大きい会社ではないという人でも、会社が成長するにつれて、たぶん同じような問題に直面するだろう。大きい会社と組んで仕事をしている場合も、事実上、大きい会社の中にいるようなものだ。大企業というものの仕組みを理解すれば、そうした会社と関わることからいっそう多くのものを得られるようになるだろう。
でも、製品の設計、開発、発売についての個別のテクニックの話に入る前に、理解しておかなければならない重要なポイントが 2つある。
第一に、大きな組織の行動の基本にあるのは、一般的にはリスクを回避することだ、と認識することが不可欠である。たまたまこうなっているわけではない。大きい会社は、小さい会社に比べて、失うものがはるかに多いのだ。これは、組織の成功と成長がもたらす最大の組織文化の変化の 1つである。これと同じ理由で、イノベーションを起こすのは、小さい会社の方がずっとたやすい。だから、何よりもまず、大きい会社には、積み上げてきたものを守るために張り巡らしたさまざまな仕組みがあることを理解して、そこで働くにはそうした仕組みに真正面から取り組んでいかなければならないことを認識する必要がある。というわけで、この章の内容を頭に叩き込むことから始めてほしい。
第二に、こうした大企業の多くは、少なくとも一定のマトリクス経営を取り入れていて、人材を共有する体制になっている。この場合、製品開発チームの主要なポジション (だいたいは、設計、エンジニアリング、品質保証、サイト運営、マーケティング) につく人たちは、社内で共有される人材であるので、製品開発をやるプロジェクトとしては、チームを編成して製品を作り上げるためには、この共有の人材プールから必要な人間を確保しなければならない。こういう組織設計が特に効果的ということではなく、単に、このモデルだとプロジェクト志向のアプローチに対して大幅にコストを節約できる、という話でしかない (プロジェクトの期間中は、創業したばかりの会社のように、専任の製品開発チームを招集することになる)。
こうしたことを踏まえて、大きい会社で物事を進めるための10のテクニックをご紹介しよう。
1. 社内の意思決定が実際にどのように行われているのかを知る
会社というのは、みんなそれぞれ違う。大切なのは、自分のいる会社では、物事がどう進むのかを学んで、それを受け入れることだ。カルチャー (企業文化) を変えようなどとしてはならない。今いる会社で成功したいなら、会社の文化を受け入れることが必要だろう。どうやったら好きになれるかを学ぶのだ。そして、じっくりと観察するようにしよう。意思決定のための正式な手続きがあるのに、何やら重要な決定を 1人 (あるいは何人か) のキーパーソンが処理してしまっているとしても、そんなことに驚いてはいけない。もしそうだとしたら、少なくとも、説得しなければならない相手はだれかを知っておく必要がある。そうすれば、その人物に近づくのにいちばんいい方法で働きかけをすることができる。さらに、その人物がどうやって物事を決めるのかも知っておく必要があるだろう。たとえば、デモを見て判断するタイプなのか、市場のデータを見るのか、あるいは、顧客が確約したりお墨付きを与えてくれたりすることを重視するタイプなのか、といったようなことだ。
2. 実際に必要になる前に、社内の人間関係を作っておく
自分だけでなんでもやりたいというタイプの人は、起業することを考えた方がいいかもしれない。大企業というのは、いっしょに働き、互いに支え合う人たちの集まりである、ということに尽きるのだ。自分が考えている製品を設計、開発、発売へともっていくためにはどこのだれに頼らねばならないのか、会社全体にわたってすべての関係者を把握しておく必要がある。かなり長いリストになるかもしれない。こうした社内の人たちの助けが必要になるよりもずっと前のうちに、彼らに自分を売り込み、うまくやっていくためにはどうすればいいかを尋ね、自分がいずれやろうとしていることについて関心を持ってもらうようにするべきだ。また、彼らの仕事を助けるためにできることはないか、考えてみよう。とにかく、社内に友達を作ろう。
3. だから極秘のミッションはなくならない
大きい会社では特にそうなのだが、実際のところ、事前の許可を求めるよりは、後で謝って許してもらう方が楽だったりする。 (リスク回避の話を思い出してほしい。) 製品のアイデアがまとまっているならば、それをパワーポイントの資料にして、しかるべきルートを通して提案することはできるけれど、そのアイデアがそれ以上どうにかなることはまずないだろう。ところが、社内中の何人かの賛同者といっしょこのアイデアを取り上げて、これをとりあえずプロトタイプに落とし込んで、しかもそのアイデアがいいものならば、たちまち会社中の人材が手を貸すために勢ぞろいしてくれることに目をみはるだろう。数え切れないほどの偉大な製品が、こうやって生まれたのだ。この点については、第29章「大きい会社でもイノベーションは不可能ではない」で詳しく説明しているが、とりあえずここでは、自分のアイデアをただ口で説明するよりも、どう動くかを実際に見せることができれば、社内で注目される確率がぐんと高くなるということを知っておいてほしい。
4. とにかく動く
大きな会社に起こる最大の矛盾の 1つは、社員が数千人もいるというのに、必要なときに手伝ってくれる人を確保できないことがしょっちゅうある、ということだ。経営陣が乗り気で協力的である時ですら、適当な人材がそろわないことがある。こういう場合は、ちょっと工夫が必要だ。たとえば、発注先の業者に必要な資金調達の方法を見つける、味方になってくれる人を巻き込む、といったことができるかもしれないし、自分でさっさと取り掛かる必要があるかもしれない。大きい会社では正式な手続きや提出書類がいろいろ要求されるけれど、そういうものと戦うよりは、その中に自分自身が踏み込んで、手続きに必要な作業をやるとか、必要書類を自分で作るとかした方が、話が早い場合もある。プロダクトマネージャーが、顧客サポート、営業のトレーニング、テクニカルライティング、品質保証、エンジニアリング、マーケティングの書類作成を手伝わなければならなかったというのは、よく聞く話だ。必要なことは何でも進んでやらなければならないのである。
5. むやみに争わない
大きな組織の中でいちばん仕事ができる人というのは、敵より友人の方がはるかに多いタイプだ。大きい会社で物事を進めるのは簡単ではないし、イライラするのももっともだ、という状況もたくさんあるだろう。でも、戦うべき場面かどうかは慎重に見極める必要がある。とにかく結果が重要なのであって、その途中で橋が燃えて灰になってしまったとしても無駄ではないと、言えるような、本当に戦う価値のあるものだけを選ぶようにしよう。それに、どうしても戦うという時は、自分の製品のために戦うのであって、特定のだれかと戦うわけではない、ということをはっきりさせよう。また、会社を自分の味方につけるようにしながらも、相手を追い詰めてしまってはならない。個別の戦闘で勝っても、戦争全体で負けたら元も子もないからだ。
6. 何かを決める重要な会議の前に、コンセンサスを得ておく
いったんだれかにみんなの前ではっきりと反対されてしまった場合には、厄介な問題に直面していることを意味する、ということを覚えておこう。その人にしてみれば、そう簡単には、公然と前言を翻すことはできないからだ。目指す結果が重要な場合には、長い目で見れば、前もって同意を取り付けておくことにはそれほど時間はかからない。大きい会社では、こういう意思決定の会議を開く意味があるのは、出席者全員がそれぞれ、その場にいる自分以外のみんなが製品や決定内容を支持していることを自分の目で確かめることにある。大きな会議の前 (あるいは重要な電子メールを送信する前) に、会議の出席者 1人1人と直接話して、それぞれが気にしていることを口に出せる場を作ってあげるようにしよう。そうすれば、この人たちそれぞれの心配事に直接対応できるので、それぞれの同意を取り付けておいた上で、会議の場でその同意を表明してもらうことが可能になる。
7. 自分の時間をうまく使う
大会社にいると、1週間休む間もなく会議に巻き込まれるといったようなことがよくある。その週を振り返ってみると、会議から会議へと駆け回り、夜遅くまでメールチェックに追われたわりには、何も片付いていなくて、製品開発では目に見える進展もない。どの会議に出席するか、容赦なく優先順位を付けよう。本当に必要な会議にだけ出るようにしよう。そして、同僚を信頼して仕事を任せることにも慣れるようにしよう。そうすれば、もし自分が本当に知っておかなければならないことがあるなら、同僚が教えてくれるものだということがわかるだろう。いちばん大切なのは、自分の製品開発を完成されるために欠かせないことについて作業する時間を、しっかり確保することである。自分の製品の戦略、ロードマップ、次のリリース用の現時点でのプロトタイプ、ライバル製品の動向の理解、中でも特に重要なこととしては、実際のユーザーや顧客と話すこと、などである。
8 情報を共有する
どんな組織でも、コミュニケーションは難しい。大きい会社になると、コミュニケーションは手ごわい課題であり、情報が一種の通貨のようになっている。困ったことに、多くの人が情報をまさに通貨のように扱っていて、タダで共有するのではなく、使わずに蓄えてしまうのだ。情報は権力である、というような見方をするのはやめよう。情報を共有する方が、はるかに多くのものを得られるのである。願わくは、他の人たちも同じように情報を共有し、必要な情報を得る手助けをしてくれるかもしれない。同僚を助けるためにできることは何でもやろう。つまり、役に立つ情報を手に入れたら、すぐに同僚にも教えるということだ。それは、自分のためになるだけでなく、会社のためにもなるのである。
9. 上司を動かす
大きな会社では、上司が成功を左右することがある。自分の上司が、社内できちんと評価されている人なのであれば、上司の人脈を最大限活用して、自分の会社の仕組みや経営陣同士のつながりを理解するために、その上司にうまく動いてもらうのがいい。そして、あなたは、準備しておくべきことをしっかりやって、上司が必要としている情報を提供する。こうして、上司が、社内の他の人たちに対して、よりスムーズに製品開発の状況について説明できるように段取りしよう。上司が組織のあらゆるレベルの人たちと話すときに、あなたのことを信頼して話を通すことができる、と確信してもらえるようにしよう。
10. 伝道師になりきろう
大きい会社では、常に伝道者であり続けなければならない。絶えず、自分の考えをみんなに知ってもらい、構想や戦略を説明して、プロトタイプを動かして見せて、顧客からのフィードバックをみんなに伝えるのである。この社内営業の重要性を軽く考えてはならない。製品開発にあまり関係のない人も含めて、社内のみんなに、開発中の製品がなぜ重要なのかを理解してもらい、どんな手助けができるかを考えてもらえるようにしよう。
ここで挙げたような社内の障害を乗り越えて、大きい会社が抱える多数の人材を自分の製品開発に集中してもらうことは、間違いなく困難だけれど、それができれば、メリットもまた巨大である。マスコミ、業界アナリスト、取引先、顧客、ユーザーなどからは、小さな会社にはどうやっても望めないような高い関心を得ることもできる。だから、自分の会社が持っている資産をどうすればめいっぱい活用できるかを学ぶと、十分元は取れる。
このトピックを締めくくるのに最適な言葉を紹介しよう。私の友人であるデービット・ウェイデン (David Weiden) の言葉は、大企業で働く多くの人がどんな状況に置かれていてどんなチャンスに恵まれているかを的確に言い表している。「多くの人は、暗闇の中をさまよい、 暗い暗いと文句ばかり言っていて、どこにスイッチがあるのを知ろうとしない。」