第29章 大きい会社でもイノベーションは不可能ではない
困難だが努力する価値はある
大きい会社で本当にイノベーション (革新) を起こすことができるのかどうかについては、皮肉な見方をする人が多い。本当のイノベーションというのは、ほとんどがベンチャー企業のような環境で起こっていて、大きい会社にできるのは、せいぜいそうしたベンチャー企業のイノベーションを真似するか、成功したベンチャー企業を買収するぐらいだ、と考える人もいる。確かに、イノベーションを起こすのはベンチャー企業の方がはるかにやりやすいのは認めるけれど、大きな会社でも、まず間違いなくイノベーションは可能である。
大企業で働いたことのない人は、大きい会社ではイノベーションはむしろ問題扱いされる、と聞くとびっくりするかもしれない。何はどうあれ、イノベーションについていろいろ耳にし、技術系の大企業の成功を見るにつけ、私たちは、企業の成長はすべて、イノベーションが原動力となっていると思いがちだ。でも、前にも説明したように、組織というのは、大きくなるにつれて確実に保守的になって、思い切ったことをやりたがらなくなる。繰り返しになるけれど、大きい会社は、小さい会社よりも失うものが多いためだ。だから、大きい会社は、どうしても、今持っているものを守ることに長けてくる。でも、大きい会社から製品を発売するのはものすごく有利であるのもまた事実で、リスクを回避したがる傾向はあるにしても、会社はイノベーションを起こしてくれる人を必要としているのだ。
大きい会社でのイノベーションを可能とするかどうかを左右する最大の要因は、企業文化と上司の 2つである。私の経験では、典型的な大企業であっても、社員がもっとイノベーションを起こせるようにするためにできることはたくさんある。
革新的なことをやるのが難しそうなチームや組織にいる人には、いったい何ができるだろうか? そんな中でも製品開発で目指しているイノベーションをなんとか実現させるには、いくつかのテクニックがある。
20%ルールによるイノベーション
Google では、エンジニアは自分の勤務時間の 20% を自分の選んだ仕事に使ってもいいことになっている、という話を聞いたことがあるだろうか。20年以上も前になるが、私がいた HP Labs (ヒューレット・パッカードの研究機関) のチームにも同じルールがあって、その考え方は Xerox のパロアルト研究所 (Xerox PARC) からヒントを得たものだ。このルールは、当時もうまく機能したし、今も機能している。HP Labs での私たちの仕事は、製品開発部門が製品化できるような革新的な技術を見つけ出すことだった。私がいたグループからは 5種類ほど製品化されたけれど、そのうちの 1つだけが上からの指示による技術を使ったものだった (その製品は市場で大失敗した)。残りの 4つのアイデアは、すべて 20%ルールの成果である。
すばらしい製品のアイデアは、立派な戦略的計画の成果であるとか、経営陣の発案である、と思いたいかもしれないけれど、多くの場合、最高のアイデアというのは下から上がってくるものだ。20%ルールのすごいところは、数多くのアイデアを試すことができることにある。自分がアイデアを思い付いたという自負心があるので、そのアイデアはより強い熱意と創造力で追求されるのである。
会社に 20%ルールのようなものがあるならば、エンジニアだけでなく、プロダクトマネージャーやインタラクションデザイナーもこのルールを使えるようにしよう。あいにく、ほとんどの会社には、20%ルールのようなものはない。実に残念なことだ。このルールを上に提案して、経営陣が試しにやってみようという決断をしてくれればいいのだけれど。でも、そうはいかなかったら、ということで、スカンクワークスなるものが生み出された。
スカンクワークスによるイノベーション
スカンクワークス (skunk works) というのはずいぶん古い業界用語で、もともとは秘密の軍事プロジェクトを指す言葉だった。今では、社内の官僚主義に邪魔されないように、他の人に気づかれないようにしながら、必要であれば個人の時間も使ってアイデアを追いかける、という意味で使われる。こうやってこっそり進められてきたプロジェクトが、数え切れないほどの大企業を救ってきたのだ。
大きい組織では、アイデアを正式に取り上げる許可をもらうのは難しい。でも、いったんいいアイデアだと証明してしまえば、プロジェクトとして予算をつけてもらうのはものすごく簡単だ。社内での自分の正式な業務きちんとやっている限りは、経営陣は、たいていは協力的で、手を差し伸べて支援してくれることも少なくない。
社員が業務の中で思い付いたアイデアについては、たぶん会社が知的財産権を持つことになるので、そのことを忘れないように。だから、このやり方は、自分で起業して実現したいと思っているアイデアを追求する場合はお勧めしない。もし、こっそり暖めてきたアイデアを追いかけることを決意して、結果もまずまずなんだけれど、どういうわけか会社が興味を示してくれないときは、自分でそのアイデアを追求するにはどうすればいいのかについて、会社と話し合いをすることになるかもしれない。シリコンバレーの歴史を知る人なら、そういうことがあってアップル (Apple) ができたんだ、と納得するだろう。アップルが誕生した時、スティーブ・ウォズニアック (Stephen Gary Wozniak) の雇い主であった HP は、パーソナルコンピューターの市場に出ていく準備ができていなかったのだ。
観察によるイノベーション
私が知る限りでイノベーションを起こすいちばん手っ取り早い方法の 1つは、実際のユーザーが自社の製品やライバルの製品を使ってみようとするところを、じっくり観察する (そしてユーザーの話に耳を傾ける) ことである。こういう観察を何回かやれば、ユーザーの不満や期待のパターンが見えてくるだろう。そして、それを続ければ、ユーザーの要求にもっと応えるにはどうすればいいのかもわかってくるだろう。今利用できる技術に詳しいエンジニアも連れて来れば、問題を解決するのにもっといい方法を協力して見つける糸口が見えてくるだろう。
ここで重要なのは、アーリーアダプター (新製品を自分の判断で早期に購入するユーザー層) や自分の会社の人間 (自分も含めて) ではダメで、実際のターゲットユーザーにその製品を使ってもらうことである。きちんとしたユーザービリティーテストのための施設も必要ない。こういう観察は、堅苦しくないやり方でやれるし、ソフトウェアをユーザーのいる所 (オフィス、自宅、ショッピングモールなど、ユーザーの生活環境が理想的) に持っていくことだってできる。
そして、そのソフトが使いものになるのかどうかを気にしているだけではダメだ。ソフトがユーザーのニーズに合っているかどうかにも気を配ろう。仮に使えるソフトだったとしても、それはユーザーが気にかけていることなのだろうか? ユーザーが本当に解決してほしいと思っている問題は何なのか?
覚えておいてほしいのは、イノベーションがまったく新しい問題を解決してくれることはめったにない、ということだ。ほとんどの場合、イノベーションとは、今ある問題を新しいやり方で解決することなのである。人々が今のソリューションに手を焼いているのを観察するのは、イノベーションのチャンスを浮かび上がらせるには最高の方法なのである。
ユーザーエクスペリエンスデザインによるイノベーション
イノベーションというのは、また別の所から生まれてくることもある。それは、一歩下がって、ちょっとの間技術的な制約を忘れて、製品にとって理想的なユーザーエクスペリエンスとはどんなものかを考えてみることだ。タスクをもっと効率よく実行するというだけでなく、そのタスク自体をなくしてしまうことはできないか。何が本当になくてはならないものなのか。そして、製品の設計や開発の進め方の都合で結果的に残ってしまっただけのものは、何なのか?
どんなシステムにも、その製品の開発の基礎となった実装モデルというものがある。でも、ユーザーは、そのモデルでものを考えるわけではない。ユーザーには、製品が解決しようとしている問題についてどんなふうに考えるのか、そして、そのシステムが何をしてくれることを期待しているかについて、頭の中で思い描いている概念モデルがある。ユーザーが不満を感じるのは、自分の概念モデルを反映したものではなくて、実装モデルを反映したものを手渡されたときだ。
こういう不一致を見つけたとき、それは、イノベーションのチャンス (そこまでいかなくても、製品を大幅に改善できるチャンス) を見つけ出したことになる。
買収によるイノベーション
最後に、買収によるイノベーションについて説明しておく必要がある。多くのプロダクトマネージャーにとって、買収は、自分の側の失敗であると映るようだ。でも、実のところ、買収は、特にリスクの大きい分野では、イノベーションのためのすばらしい手法になり得る。つまり、大きい会社は、何十というベンチャー企業が探りを入れて、アイデアを試して、成功と失敗のどっちかに転ぶまで好きなようやらせておく。そのうちの数少ない会社が結果を出せた製品とともに生き残ると、彼らは大きい会社にとって格好の買収の対象となるだろう。こういう買収では、革新的な新しい技術だけでなく、新たな考え方を持った新たなメンバーも連れて来ることになるので、彼らをいろいろな製品開発プロジェクトのために活用できるのだ。
大きい会社で働くプロダクトマネージャーには、面白くて自分たちのビジネスと関連のあるベンチャー企業に近づいて関係を築いておくことをお勧めする。お互いに助け合うこともできるし、お互いに学ぶことだってあるだろう。そして、こういう育成努力は、会社にとって何百万ドルものコストの節約になるかもしれない。買収された側としては、必ずしも、いちばん高い買収額を提示したところを選んでいるとは限らず、これからいっしょにやっていきたい人たちがいる会社を選んでいるというケースも多いのだ。
買収というのは、うまく進めることが大切である。何せ、ご存じのとおり、ほとんどの買収はあまりうまくいっていないからだ。買収によるイノベーションは、大きい会社にとっては、ビジネスを拡大して、市場での主導的な地位を維持するための強力な手法となることを理解しておいてほしい。
ぜひ、ここで説明したテクニックを試してみてほしいと望んでいる。会社は、イノベーションを起こしてくれる人を必要としているのだから。ピーター・ドラッカー (Peter Ferdinand Drucker) はこう言っている。「どんな組織にも必要とされるコア・コンピテンス (他の組織には真似でいないような独自の能力や強み) が 1つある。それはイノベーションである。」 大きな会社であっても、イノベーションは絶対に可能である。もしまだ納得がいかなければ、www.apple.com/iphone を覗いてみてほしい。
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